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018 株式会社ツチクラ住建営業リーダー 西村啓大さん

※本記事は2017年3月1日に発行された「IIZUNA 100 PROFESSIONAL PEOPLE Vol.1」より転載しているため、記事の内容は現時点とは異なる場合があります。

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隠れた才能をもつ多くの人とつながり、
地域全体を盛り上げていきたいですね。

屋久島から東京に出て、地域に密着した仕事をしたい思いから2001年に飯綱町に移住した西村啓大さん。フットワークの軽さと持ち前の明るさで地域に溶け込み、社内にとっても地域にとっても頼られる存在として活躍している。

 今回の取材で実に多くの人から社名を聞いた「株式会社ツチクラ住建」。工務店なのに、まるでまちづくり会社ではないかと思うほどだ。それは、まさに営業リーダー・西村啓大さんのフットワークの軽さと顔の広さがあってこそだろう。
 屋久島出身の西村さんが飯綱町に移住したのは2001年。大学進学を機に上京し、卒業後は首都圏の住宅メーカーで働いた。そのなかで、もっと地域や顧客に密着して働きたい思いや、子育てをするなら隣近所の顔がわかる田舎に住みたいという思いで、長野県内で移住先を探したという。そして、偶然コンビニで手にしたI・Uターン促進雑誌で「ツチクラ住建」を発見。面接を受けにきた際、同社近くの高台にあるそば屋「よこ亭」から見た町の景色に魅了され、「ここに住みたい」と強く思ったのが大きな後押しになった。
 入社後は十数年、現場監督として働いていたが、2年前から営業リーダーに。雑誌の広告企画を考え、若い施主のインタビュー記事を掲載したり、住宅見学会を開催するほか、若い世代をターゲットにしたさまざまなイベントも企画している。多くの人に飯綱町や別荘地を知ってもらえるようにと「いいづなリゾートスキー場」で開いたイベントには、300人ほどの集客が見られた。さらに、2016年からは「工務店が米作りをしたら面白いのではないか」との発想から、無農薬での米栽培「ツチクラ田んぼ」も始めている。
 「単なる工務店として住宅だけをつくるのは面白くないので、住宅以外から、うちに興味をもってもらってもいいと思ったんですよね。そうした気持ちで、飯綱東高原や集落内でのツリーハウスづくりも手がけています」

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4年ほど前から自分でも無農薬栽培を手がけ、そのノウハウを生かし「ツチクラ田んぼ」を始めた。WebやSNSで田植えや稲刈りの仲間を募集し、イベントとしても楽しんでいる。また、2008年には長野市の建築士・宮本圭さんと「ツリーハウスプロジェクト」というユニットを立ち上げ、古材の活用や町内の雇用促進も踏まえたツリーハウスの建築を進めている。

 そして、自分が一緒に仕事をしたいと思った人はどんどんと社長に紹介し、採用を促している。こうした若手社員の増加もまた、西村さんのやりがいになっている。
 「会社の存続のためには、若手に入社してほしいと思っています。うちは地域おこしやまちづくりにどっぷりとはまりながら仕事ができるので、それを楽しんでほしいですね。息子にも、東京に出てもいいけど、いいことがないから帰ってこいよって言っています(笑)」
 最近では信州大学の学生とのつながりをもち、霊仙寺湖から牟礼西小学校周辺の高岡地区をどう生かせるかを一緒に考えているのだとか。しかし、地域活性化のためには、町内だけでなく信濃町など北信五岳でつながる周辺市町村との連携が必要だと話す西村さん。
 「飯綱町に限らず、周辺地域には隠れた才能をもつ人がたくさんいます。そういう人たちとつながり、地域で一緒になって全体を盛り上げていきたいですね」

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若手社員の人“財”育成もまた、西村さんのやりがいだ。大工、インテリアコーディネーターやWeb担当の若いスタッフを探している。

PROFILE

鹿児島県屋久島出身、飯綱町北川在住。1973年生まれ。高校卒業後、福岡で浪人生活を送り、駒澤大学文学部地理学科に進学。教員だった祖父の希望で教師を目指していたが断念し、神奈川県の住宅メーカーに5年間勤務。2001年に飯綱町に移住し、(株)ツチクラ住建入社。自宅は同社が勧める住宅工法「fasの家」で建てた。妻と10歳の息子と暮らす。

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