木立の向こうに、アイスグリーンの壁が見えてきました。建物に続くアプローチを進むと4段のステップがあり、「お店っぽくするために」ガラス扉にしたという玄関。その扉を開けると目に飛び込んでくるのは、白を基調とした明るい空間と、華やかな存在感を放つドライフラワーの数々。ここは「こいきや写真館」、福ケ迫さんご一家の自宅兼スタジオです。
福ケ迫(ふくがさこ)俊哉さん(32)と洙雅(すあ・35)さんファミリーは、2022年4月に須坂市から飯綱町東高原の白樺台別荘地に移住。2023年7月に、フォトスタジオ「こいきや写真館」の営業を始めました。
「撮影を楽しんでもらえるように、スタジオに来たときに気分があがる場にしたかった」(俊哉さん)という思惑通り、建物に一歩足を踏み入れると海外のインテリア写真集のような世界が広がり、そのセンスのよさに圧倒されます。1階の広々としたLDKをほどよく目隠しするように、正面には真っ白い階段や柱が並び、まるでおしゃれなカフェ。気分はわくわくと高揚していきます。誘われるままに階段を上ると、ガラスドアの向こうには、真っ白な撮影スタジオの非日常空間が広がっていました。
ため息が出るほどオシャレで素敵なこの家は、なんと解体から工事作業のほとんどを夫婦2人で完成させた、セルフリノベーションでつくられました。
鹿児島県出身の俊哉さんと、大阪府出身の洙雅さんは、リゾートバイトで訪れていた北海道で出会い、結婚しました。結婚を機に、定住するなら北信地域がいいと長野県須坂市でアパートを借り、2年間をかけて家を探していたそうです。
「実家は鹿児島の最南端で、飯綱町よりもずっと田舎です。どこで暮らそうかと住む場所を探したときに、街は嫌だけど田舎すぎるところも不便。そういった意味で、飯綱町は“ちょうどいい”場所でした」と俊哉さん。妻の洙雅さんも、「飯綱町に来たのは“なんとなく”。私はどこでも生きていけるタイプです」と微笑みます。
ふたりが物件探しをしたのはちょうどコロナ禍で、テレワーク移住希望者も増えた時期でした。不動産市場に出てから売れるまでがとても早く、買おうと決心した物件も、手を挙げたときには売れてしまっているような状態が続いたそうです。「古かったせいか、この家は売れ残っていました。もう一度あらためて見てみると、立地は長野市まで近いし、別荘地にしては広さがあって価格も手ごろと、総合的にとても良かった。内見してすぐに、ここにしようと決めました」(俊哉さん)。空き家だった期間が長く、上下階とも和室だったのでリフォームは必須の物件でした。当初は、「リメイクシート程度は自分でやろうかな」と思っていたそうですが、業者に解体を頼むと1階部分だけで50万円かかると聞き、「1か月かかってでも自分でやれば、50万円稼ぐのと同じことだなと思って」自分たちで解体することに。「実際は1か月で終わらなかったのですが」と笑う俊哉さんが、ちょうど仕事を変えるタイミングで時間があったことも幸いして、須坂のアパートから家族で飯綱に通いながら、リノベーション作業に取りかかりました。
「(セルフリノベは)もう二度とやりたくない」と顔をしかめるお二人ですが、お話をうかがうと、とても素人とは思えない作業をこなしたことがわかります。「壁を壊しながら、家ってこうやってできてるんだなって学べました」と理性的に分析する俊哉さん。一方、やわらかい笑顔の洙雅さんも、壁を打ち壊し、屋根に上がり、挙げ句にチェーンソーで木を切り倒すという、なんともたくましい作業をやってのけたというから驚きです。
セルフリノベに要した時間は、約1年間。苦労したことは何かとうかがうと、壁を壊して床をはいだときに出る建材のボードを分別する作業が大変だったそうです。ほかには?と聞くと、出てくる出てくる、辛かった思い出を吐露してくれました(笑)。「冬の時期の作業で、購入した木材が雪に埋もれないよう屋根の下に入れていたのですが、床を張るときは外に出さなければならず、出して入れてを繰り返しました。その作業が本当に辛かった……」(洙雅さん)。
時には工事中の床にテントを張って子どもたちを寝かせ、ライトを点けながら夜通し作業したこともあるそうです。「アパートの契約期限が迫っていて、引っ越さなければならない日にちが決まっていたので、終盤はお互い無口になってただ黙々と作業していましたよ」(洙雅さん)
もちろん、プロの手が必要なところは地域の業者さんに依頼しました。皆さん、「できるだけ自分たちで」というスタンスを理解して協力してくれたそうです。移住関連の補助金は、飯綱町移住定住促進中古住宅等購入費補助金、飯綱町移住定住応援リフォーム補助金、飯綱町創業支援補助金、合併処理浄化槽設置整備事業補助金を利用することができました。
これまでDIYの経験などないまったくの初心者で、大工さんのYouTubeを見て勉強したと言う俊哉さんですが、家のどこを見回しても、いわゆるセルフリノベの素人感は目につきません。「プロは、作業効率から資材購入のタイミングまで、すべて計算しているんだなとわかり、そこも含めてプロなんだと実感しました。細かい仕上がりは、自分でやったからこそあきらめがつくというものです」 (俊哉さん)
完成したマイホームに無事に引っ越しを終え、ようやく周りを見る余裕が生まれたとお二人。実は、霊仙寺湖まで徒歩で行かれる近さで、子どもを遊ばせるのにちょうどいい芝生広場があること、夏は涼しくて快適なこと、犬の散歩をする人や車通りがあること、別荘地でも営業可能な場所であることなどに、やっと気づけたそうです。「リノベの最中は必死すぎて、散歩に行く余裕もなかったんです」(洙雅さん)
家が落ち着いたことで、2023年7月からは、いよいよ写真館の開業準備を進め、ホームページやインスタグラムのアカウントを開設したり、チラシをつくったりなど、営業活動もスタートしました。自宅2階でのスタジオ撮影のほか、自然豊かな周辺のロケーションを使った撮影も可能とのこと。スタジオ撮影の際は、希望すれば、なんと元パティシエという経歴の洙雅さん手づくりのケーキがついて、スマッシュケーキ(1歳を迎える赤ちゃんが手づかみで食べるケーキのこと)撮影もできるのだとか。
私生活では、昨年2月に3番目の子が誕生。長女はこの春、小学1年生になります。東高原の小学生は、近くのバス停からスクールバスに乗って通学するそうです。
暮らし始めて気づいたことは、「長野市が近いので問題ないですが、町内にも小児科があったらいいなと思います。それから、じゃぶじゃぶ池を整備してほしいかな」と洙雅さん。
「ここに住んでいたら物欲がなくなりましたね」と洙雅さんが言うと、「いや、軽トラもほしいしチェーンソーもほしいよ」と俊哉さん。ウッドデッキや子ども部屋もつくりたい、隣の土地で何かできないかなと、夢はまだまだ膨らみます。セルフリノベは、物事の構造を見つめ直す機会になったと語るお二人。生き方に信念をもって自力で切り拓く力は、すばらしいの一言です。