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矢沢哲弥さん・亜美さん「りんご農家という道へ歩ませてくれた町」

閉校になった小学校をリニューアルしてできた「いいづなコネクトEAST」がある毛野地区。矢沢さんファミリーのご自宅は、この施設まで、お散歩がてら歩いて遊びに来られる最高の立地にあります。圭ちゃん(2歳)が乗るブランコをやさしく押すのは哲弥さん。まだあんよが危なっかしい悠ちゃん(1歳)を抱っこしているのは、妻の亜美さんです。

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矢沢さんファミリーが長野市内から移住してきたのは、2018年。もともと東京都江戸川区で生まれ、落花生の街として知られる千葉県八街市で育った哲弥さんですが、母方のおじいさんがりんご園「丸西りんご農園」を営んでおり、小さいときから収穫などの繁忙期には、お母さんと手伝いに来ていたそうです。
大学まで都内の学校に通っていましたが、哲弥さんいわく「思うところあって」、長野県短期大学(当時)に入り直し、卒業後は戸隠の会社に就職。当時は、りんご農家をやりたいという自覚はなかったものの、「頭の中にはずっとりんご農家があったんですよね」と振り返ります。
長野県短期大学に決めたのも、「長野市の学校なら飯綱にある母親の実家まで近いし、りんごの作業を手伝いながら通えるかなと漠然と思っていたんですよね。その頃から、心のどこかに興味があったのかもしれません」(哲弥さん)

29歳のとき、短大時代に出会った亜美さんと結婚、ついに、りんご農家を目指す決心を固めます。
「不安はありましたが、おじいさんが参加している生産者グループに出入りするようになり、そこの若い方たちと話すうちに、自分もできるんじゃないかなと勘違いしたんです(笑)」。
若手の先輩から、この道数十年の大先輩まで、相談にのってもらえる仲間に出会うことができ、切磋琢磨しながら勉強会にも意欲的に参加しているそうです。移住者インタビューの記事に登場している佐藤省吾さんは、りんご農家としても移住者としても頼れる先輩で、子どもの保育園のことなど、こちらでの生活の相談にも乗ってもらっているのだとか。

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▲りんごの大先輩であるおじいさんと一緒に

「おじいさんの元でりんごの仕事を手伝うようになって、やっと2年目というときに、急に「お前やれ」って言われたんです。え、こんなに早く?って驚きました」。監督兼サポートにまわったおじいさんとは、たまに言い合いをしながらも、約2町歩(約2万㎡)のりんご畑で現在も一緒に仕事をしています。
小さいころから、りんご作業の手伝いをしていた哲弥さんですが、「いざ、自分でやってみたら大変でした。こんなにいろんな作業があるんだなって」。

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東京から長野市、長野市から飯綱町と、ステップを踏んで移住した哲弥さんですが、アパート暮らしと違い、集落に住むとなると、やはり勝手が違います。消防団やお祭など、地区の集まりには積極的に参加して楽しんでいると言います。
「このあたりに伝わる北信流という酒の場の儀式には、「お肴(さかな)」といって、皆さんの前で歌を披露する習わしがあるのですが、こうした土地の文化も、アップルファームで教わりました。私はお酒は飲めないけれど、そういうコミュニケーションは嫌いじゃないんです」
なんと哲弥さん、先輩から謡曲を教わっていたそうです。「子どもに手がかかるので最近は教わりに行かれていないのですが、酒席で披露したこともあるんですよ」
やるとなったらとことん追求するタイプ。地域のソフトボールチームに参加したり、町民運動会ではリレーに出たりと、数少ない若手としてできる限り努力しているのがわかります。先輩たちにかわいがられているというのもうなずけますね。
「近所の人には自然に溶け込めました。「よくやってんな」と言ってもらえます」

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▲新築の家で獅子を舞ってもらいました

妻の亜美さんは保育士で、現在は子育てに専念していますが、結婚当初は長野市内で幼稚園に勤めていました。哲弥さんがりんご農家を目指すことを打ち明けると、「がんばって」と応援してくれたそうです。
飯綱町での暮らしをうかがうと、「子どもたちにはとてもいい環境だと思います。りんご畑でのびのびと遊んでいます」と亜美さん。赤塩地区は飯綱町の東側なので、買い物は中野市に出る方が便利なのだそう。とはいえ、一人で圭ちゃんと悠ちゃんをチャイルドシートに乗せて、車で往復するのはひと仕事。ちょっと足りないものを気軽に買いに行かれないないところは不便を感じるそうです。「でも、子育て支援センターやワークセンター(iwork)があるのはいいですね。支援センターの先生も同年代の子を持つお母さんたちだから、相談もできて、行くとほっとします」

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▲矢沢家のすぐお隣には、おじいさんとお母さんが暮らしています。

りんごの町として名をはせる飯綱町ですが、近年はりんご農家の高齢化が進み、哲弥さんの近隣では、若手はほかに一人いるくらいとのこと。
「畑を使ってくれ、なんていうお話もよくいただきますが、すべてをお引き受けできず、お断りせざるを得ないことも。でも、できればりんごの木は絶やしたくないですね」

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▲コンバインに乗って稲刈りもやります

おじいさんから任されたものの、まだまだ分からないことがたくさんあると、長野県果樹研究会の勉強会にも参加し、専門的な知識を学ぶ機会を大切にしている哲弥さん。「基本的に、ずっとりんごのことを考えていますね」と真剣な眼差しを向けます。

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年間を通してりんごを食べてもらえるように、早生種から晩成種まで、いろんな品種のりんごを作りたいと考えている哲弥さんですが、「おじいさんは、紅玉はもういらないと言っているんですよ。でも自分は増やしたくて。なかなか意見が合いませんね(笑)」。
りんごが収穫できたときのうれしさがあるから、やっていけると語ります。「ここに来なかったら、首都圏でサラリーマンになって満員電車に乗っていたでしょうね。そういう生活が嫌だったのもあるのかな。ここには大変でも自分で決められる自由さがあります」。
哲弥さんのりんごは、ゆうパックのギフトや飯綱町のふるさと納税、ポケットマルシェでも購入できます。さらに直販ができるよう、亜美さんが丸西農園のネットショップを作ってくれたそうです。
かつて哲弥さんの頭の片隅にあって離れなかったりんごへの想いは、この町で少しずつ根を張り始めています。

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丸西農園
https://marunishi.shopselect.net/about
https://poke-m.com/producers/382718

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