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ホーム読む移住者インタビュー植田健一郎さん「協力隊の任期後もこの町に残りたくなりました」
植田健一郎さん「協力隊の任期後もこの町に残りたくなりました」

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例年にない大雪がやっと溶け出した2022年の3月中旬、飯綱町黒川にある「ケルンコーヒーロースター」を訪ねました。地域おこし協力隊を経てこの地に住む、店主の植田健一郎さん(34)は、本業であるビデオクリエーターの傍ら、土曜日だけ自宅の軒先でコーヒー豆販売店を開いています。

この日は、お店が信濃毎日新聞で紹介されたばかりとあって、ひっきりなしにお客さんが来ていました。自宅の玄関横の窓をカウンターにして、3種類のコーヒー豆を月替わりで販売しています。試飲用にサービスする一杯を、丁寧にハンドドリップしながらお客さんと話す植田さんの周りは、コーヒーの香りに包まれて、彼独特のスローな時間を作り出しています。

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植田さんは香川県出身。愛知県で過ごした学生時代から登山やキャンプが好きで、長野県には、上高地などによく遊びに来ていました。

田舎暮らしに憧れて、総務省の推進する地域おこし協力隊に興味を持った植田さんは、ちょうど、得意とする情報発信やインバウンドを活動内容として挙げていた飯綱町の募集を見つけ、応募しました。

飯綱町は、これまで来たことはもちろん名前を聞いたこともなかったという植田さん。地域おこし協力隊の面接で初めて訪れることになり、電車が最寄りの駅に着いてから面接までの2時間の空き時間は、駅周辺でつぶそうと考えたそう。

「軽い気持ちで来て、びっくりしました(苦笑)」
来町途中に乗り換えた松本駅や長野駅と同じような駅だろうと思っていたので、牟礼駅の「何もない」様子にただただ驚いたと言います。

平屋の小さな駅舎にあるのは、6畳ほどの待合室にL字型のベンチのみ。同じ建物には観光協会の窓口がありますが、時間をつぶせる場所ではありません。駅を出ると道の向こうは切り立った崖、右手に続く商店街はほとんどが閉まっていて、コンビニなどは見えません。(800mほど歩けばコンビニがあります。ちなみに、駅前商店街は少しずつ活気が出てきて、2021年には駅のそばに喫茶軽食Sand glassがオープンしました!)

「結局2時間、牟礼駅の待合室のベンチで座って待ちました。田舎暮らしをする心づもりはあったので、すぐに慣れましたが、やっぱり最初はカルチャーショックでしたね」

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そうして2016年、めでたく地域おこし協力隊に着任します。
住む場所として町から提供されたのは、芋川地区のアパートでした。住環境としては便利で申し分なかったものの、「せっかく田舎で暮らすのだから、空き家を活用したりするのかなと思っていました。都会にいても同じユニットバスのアパートでは、少し違う」と感じた植田さんは、知り合いに紹介してもらい、あえて不便な霊仙寺湖近くのログハウスに引っ越しました。

「引っ越してからは、近くにコンビニも何もないことが快適でした。冬以外ですが(笑)」

3年間の協力隊の任期を全うし、その後も飯綱町に残ることを決心。2020年に現在の黒川に移りました。人当たりの柔らかい、穏やかな性格の植田さんは友人も多く、こちらの物件も町内の友人の紹介で借りることができました。

7部屋もある平屋の古民家に一人暮らし。さすがに広さは持て余しているよう。

「ここは通りから奥まっているので車の少ない、静かで住みやすい集落です。店を始めるときに、ご近所の迷惑にならないかという懸念もありましたが、今ではご近所の方もコーヒー豆を買いに来てくれます」と、地域にもなじんでいる様子です。

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2016年から2019年まで地域おこし協力隊として、情報発信とインバウンドのミッションに取り組む中で大きな課題だったのは、町内の人といかに親しくなるかということでした。

海外を旅した経験や、愛知で出会ったサウジアラビア人のダホミ(※)とのつながりで、ミッションには手ごたえがありました。数千件を超えるSNSのフォロワーには海外の人も多くいるのだとか。

転機は、協力隊の仕事の合間に、いいづなアグリサポーターズに参加し、複数の農家のお手伝いをしたことだったと植田さん。

「協力隊として活動はしていても、なかなか地域の方との接点を持つ機会がなかったんです。農家さんの手伝いをきっかけに、やっと地元の方々と知り合って、話す機会ができました。みなさん親切にしてくれましたね」。かつて大手コーヒーチェーンに就職して働いていた経歴を活かし、町内のイベントでもコーヒーを淹れて、ふるまいました。このとき感じた、たくさんの人に喜ばれる手ごたえは、現在のケルンコーヒーロースターにつながっています。

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「イイヅナ町の小さなコーヒー豆屋さん ケルンコーヒーロースター」は、2021年4月にオープン。土曜日の正午から17時までのみ営業しています。南米旅行をしたときにいくつかのコーヒー農園に立ち寄ったことがあるそうで、気になる品種の生豆を仕入れて手作業で焙煎しています。

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取材中は、ひっきりなしにコーヒーを買いに来たお客さんがいましたが、「畑を上空から撮影してほしいんだけど…」と映像の仕事の相談を持ちかけられたり、「以前お世話になった植田さんに、就職の報告に来ました」という方がいたり。

ほかにも、新聞を見て隣町からカーナビを頼りに初めて来た方、自転車で偶然通りかかったという方もいて、店の前に置かれたキャンプチェアと小さなテーブルを囲んで、自然とコーヒーが好きな「初めまして」同士の賑わいが生まれていました。

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新型コロナウイルス感染症が落ち着いたら海外へ旅に行きたいと話す植田さん。冬季は故郷の香川県、雪が解けたら飯綱町という2拠点移住も検討しているそうです。

「飯綱町に来てから、叱咤激励してくれた協力隊の仲間がいたり、町の人や役場の人に助けてもらったり。役場の人は、今回新聞に出たことをむっちゃ喜んで電話をかけてきてくれて、うれしかったです(笑)」

屋号のケルンとは、山頂や登山道などの道標となるように石を円錐状に積み上げたもののこと。

「ケルンを積むのは一人ひとつというルールがあるんです。みんなで積み上げて作っていくイメージが、僕の目指すものと重なりました。これからは、コーヒーを媒介にして、ここでお世話になった人たちにひとつずつ恩返ししていけたらいいなと思っています」

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